パラシャット・レエ:信仰の真髄
- chabadtokyo
- 3 時間前
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あなたは立ち止まり、存在の奇跡について真摯に考えたことがありますか?周りを見渡してみてください。空、木々、花の精緻なデザイン。これらすべてを一瞬一瞬支えているものは何でしょうか?遠い昔に動き出し、自然に任せられた静的な創造なのでしょうか?それとも、今もなおネ’申の創造力が働いているのでしょうか?

今週のパラシャ、レエ(申命記 12:30-13:19)では、トーラーが偶像崇拝に関する数々の禁忌と戒律を詳述しています。これらは全能のネ’申への認識の欠如から生じています。その核となる原則は、シナイ山でトーラーと(訳補:ノアの)七つの戒律を授かったモーセの預言を否定するものは、決して信じてはならないということです。
息子や娘を含み人々を、偽りの神への供物として火で焼いてはならない。この残酷な慣習は、古代の偶像崇拝者の間でよく見られました。自らを預言者と称し、他の神々への崇拝を命じる者を信じないこと。偽預言者や偶像崇拝を扇動する者は排除されるべきであり、ノアの法廷が設置される時代には、厳しい処罰の対象となる可能性があります。とはいえ、ノアの法廷の主な役割は、違反者を罰するだけでなく、教育、指導、そしてノアの七つの戒律の道徳的枠組みを教育し、指導し、それが遵守されることを確かにすることです。
ネ’申は、天からあらゆる小さな生き物に至るまで、世界のあらゆるものの生命と存在の源です。ネ’申はそれらを一度創造しただけでなく、常に生命を与え続けています。つまり、創造とは、いかなる瞬間においても、絶対的な無から何かを生み出す行為なのです。一瞬一瞬、天、地、そしてすべての生き物の存在は、新たな創造行為なのです。まるでネ’申が存在のあらゆる粒子に「存在せよ」と絶えず呼びかけているかのようです。
魂が肉体に宿り、内側から生命を与え、肉体に固有の形と機能を与えるように、ネ’申もまた宇宙に満ち、その境界内にあるすべての部分に命を与えます。贖い出しの時、世界のすべての国々はネ’申の一体性を認め、共にネ’申を崇拝するでしょう。この贖い出しは、戦争や破壊のない真の世界平和をもたらします。全世界はネ’申の知識と善良さで満たされるでしょう。
【※】本和訳は誠実に和訳しましたが、日本語を読むことができ、戒律を守る生活をしている敬虔なユダヤ人から承認を受けた訳ではありません。その点はご了承ください。
【※】英語で言うところのG-dを他の神から区別するために「ネ’申」と訳しました。また、英語で言うRedemptionを「贖い出し」と訳しています。
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